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もりげレビュー


  俺ワールド Date: 2002-08-16 (Fri) 
 理解されたくなどない。身も蓋もない言い方をするなら、見透かされたくない。いち表現者として、いちおう「万人に伝わる感動」を目指していながら、そんなことも思う。つまるところ、本当の価値というのは万人にわかるはずがない、と内心考えているからなのだろう。
 たとえば、ぼくの通う大学には、オイオイこいつチューリングテストにかけたら不合格まちがいなしだぜ、というような人型生命体が多数生息している。で、そういう輩がベートーヴェンのピアノソナタ、それも後期の作品なんかを弾いたりしてるのを見ると無性に腹が立ってくるわけだ。彼の作品109からの最後の3曲のソナタ。その圧倒的な感動が、お前らにわかるわけないだろうが、ケッ。てなもんである。というより、わかってほしくなどないのだ。そんな低俗なものであってはならないのだ。
 だからなのだ。たとえば、自分の好きなゲームであっても、あの感動をもう一度、などと雑誌に銘打たれているのを見ると、なんとなくゲンナリするものを感じてしまう。そうではないのだ。あの作品の最深部にある情感は、万人にわかるようなものではないのだ。もちろん万人にわかるあざとさも兼ね備えていたけれど。
 自分は正しく理解している。というよりむしろ、理解しているのはぼくだけだ。そういった考えというのは、アイデンティティを守る防壁ともなる。自分の評価する物をこき下ろされても、ああ、理解できないんだなこの人は、とさえ言ってしまえば何も気にする必要はない。もし自分の人格そのものを蔑視されても全然大丈夫である。お前らにぼくのことがわかるわけないだろ、と言って安穏としておれば良い。堅固な俺ワールド、というやつだ。
 さて、問題は、それが正しいのかどうか、ということなのだ。正しいとは何か。そんなことまでここで議論したいとは思わない。が、明らかに正しくない俺ワールドが世に存在することには誰も首肯するだろう。
 その「正しくなさ」が、人並み以上に見えてしまう人間がいる。たとえばここの管理人がそうなのだ。
 彼の正体は「全知全能だが気が狂った神」そのものなのではないか。そう思ったことがある。おそらく地球上に存在する重要な情報はすべて理解しているだろう、圧倒的な知識。よりレベルの高い言説を的確に見分ける能力。彼の前にいかなる俺ワールドが通用するというのか。なにしろ、こちらの頭の中にある知識は彼のそれの真部分集合でしかないのだ。それをどのように組み合わせてどのように用いようとも、彼より深い理解などに到達しようがないではないか。
 しかし、幸い彼は気が狂っている。何しろ自分が神であることに気づいてすらいない。「そろそろぼくが頭が悪いってことを認めてくれ」などと本気で(本心かどうかはともかく)言ってしまったりする。これは狂っているとしか言いようがない。だからこそまあ、ぼくは彼と何とか話をしたりできるのであるが……。
 理解などされたくないのだ。知られたくないのだ。ぼくはそんなに低俗で底の浅い存在でありたくないのだ。だが彼はおそらく、こちらの知識の範囲も嗜好もすべてお見通しなのだろう。だから、彼に対してはいつも少し秘密を持っていたいと感じるほど、彼には何もかもが見えている。
 ――結局のところ何が言いたかったのかって、いい加減自分の「俺ワールド」を信じなさいよ、君は十分すぎるほど正しいんだからさ、ね、こばげん。とそれだけなんですけど。

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