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もりげレビュー


  心臓に達する針の話 Date: 2002-08-25 (Sun) 
 睡眠導入剤を飲ませた上、心臓の真上から4本も縫い針を刺した。なのに、なぜか夫は死なない。4日も様子を見たが、平然としている。
 なぜ、どうして。
 しかたなく、前回の3倍の長さの針を刺してみる。案外大変なのだ、針を刺すのは。指だけで押すのでは刺さっていかない。だからしゃもじを使って押し込む。ぐいぐい押し込む。こんなことをされているのに夫は寝ている。あはは。ばかなやつ。死ね。今度こそ、死ね。みりみり、というような感触を残して、針は全部胸に埋まった。もう頭も皮に隠れて見えなくなった。……どう考えてもこの長さなら心臓を貫いていないはずがない。7センチ近くあるのだ。さあ、今すぐ、死んでちょうだい。夫が死んで、保険金が下りた後のことを想像すると、楽しくなってくる。
 なのに、なのに夫は死ななかった。
 ――妻の考え通り、最後に刺した針は確かに心臓に達していたという。にもかかわらず、夫はチクチクした痛みを胸に感じる程度で、普通に生活を続けていたのだ。妻の作った料理を食べながら。
 これほど恐ろしい話は久しぶりである。悪意を秘めた異物をいくつもいくつも身体に埋め込まれたまま、それに気づくこともなく、悪意の主体と暮らしていく。……この上なくおぞましい。
 針を刺してから、階段から突き落とすまでの間、この妻はどのような思いで夫と接していたのだろうか。つい左胸を注視したりしなかっただろうか。あなた体調がおかしかったりしない、などとさりげなく訊いてみたりしなかっただろうか。夫は本当は死んでいるのではないか、これはゾンビのようなものなのではないか、というような妄想にかられたりしなかっただろうか。自らの行いはすべて見通されているのではないか、だから死にもしないで私をあざ笑っているのではないか、などと恐怖したりしなかっただろうか。それとも、ただ思い通りに死んでくれない夫にいらいらしながら過ごしていたのだろうか。
 そこには、確かに物語がある。どす黒い、そしてしょうもない物語が。それを淡々とリアルに描くことができれば、至高のホラー小説になるだろう。並はずれた力量が必要とされそうではあるが。そんな話を読んでみたい気もする。
 ――いや、そうではなくて、この妻と話をしてみれば良いのかもしれない。いろいろと、世界観が広がりそうな、そんな気がするのだ。あくまで冗談ですが。

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