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もりげレビュー


  03年12月前半雑記 Date: 2003-12-02 (Tue) 

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雑記

12月1日
 大学の敷地内にあるイチョウの木が、雨に打たれては葉を落としていた。真っ青な空にこそ、あの黄色は映えるもので、じっとりとしめって滴をたらす姿はただの腐りゆく死体のようだ。
 特異な後輩男性が今日も、オレンジ色を基調にした女物の折り畳み傘をさし、朗々と鼻歌を歌いながら俺に気づきもせずに通り過ぎていった。朗々と歌っている時点で「鼻歌」ではないように思わなくもないが。
 なじみのある景色の中で安穏と過ごしてはや一年。この雑記を綴りはじめてほぼ一年だ。よくもまあこれほど中身のない日々を毎日書き連ねたものである。まあ、そのことを自覚できただけでも書いていたかいがあったというものだろうか。

・・・
 今更ながら、SFマガジンの去年の11月号、飛氏の《廃園の天使》中編を読んだ。来月のSFマガジン、編集長が「イーガン、チャンをもしのぐ」と煽るシリーズ新作の予習もかねて。読もう読もうと思って読まずにいたので。はじめ『グラン・ヴァカンス』を読んだときはそれほど感激したわけでもなかったはずなのに、今でもその鮮烈なイメージが脳裏に残っていることを考えると、どうやらこのシリーズのことをぼくはかなり気に入っているらしい。電車の中で読んでいたのだけど、表紙や背の「2002」の文字を見た人は謎に思っただろうな。んなものわざわざ見ないか。
 グラン・ヴァカンスとは全然違う「区界」を描いているのに、肌触りは同じ。不思議なくらい鮮やかな光景を描き出す飛氏の筆致は優しくて残酷だ。

12月2日
 伴奏でレッスンにつき合ったあと、ファミレスに行って相手の女性とふたりでごはんを食べた。緑と赤のクリスマスカラーのトナカイのオブジェがテーブル脇に飾ってあり、「もろびとこぞりて」がオルゴールの音色で流れていた。
 クリスマスってのは家族で過ごすものだよね、という会話で盛り上がって、そんな会話で盛り上がる自分たちを憐れんでぱくぱく食べた。ぼくのメニューはねぎみそハンバーグランチ。固いライスをフォークの背に盛るのが久しぶりで楽しかった。
 コーヒーまで飲み終えて外に出ると、西日がまぶしかった。

12月4日
 俺はストーカーじゃねえよ……! どういうイメージ持たれてるんだ一体。そんなことやってられるほど暇じゃないってのマッタク。

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 佐藤勝彦『宇宙「96%の謎」』読了。ダークマターから膜宇宙理論まで平易に解説した本、というわけなのですが。確かに最先端の内容だと思うのです。たとえば巻き上げられた次元の大きさは実は0.1ミリという巨大なものかもしれない、なんて話はごく最近の話題ですよね。そういう最先端を、トップレベルの科学者が一般むけに語ってくれるというのは非常にありがたいことなのです。

 しかしこれ、佐藤氏が自ら執筆したわけではなくて、彼の話を口述筆記する形で書かれたものなんですね。流行りの。それが裏目に出てる印象がなきにしもあらず。グラフについての解説なんかがちゃんとしていないので、ちゃんと理解したという感覚がさっぱりもてない。数式なんかについても、まともに解説始めたらそりゃ大変なんでしょうけど、あんまり適当にスルーされると肩すかし食らった気がします。やっぱり科学書ってのは、一般向けでも極端に平易を目指しちゃいかんと思うわけですよ。
 誤植やなんかが散見されるのもイメージ悪し。グラフなどで「ビックバン」ということばが何度も見られるのはご愛敬としても、たとえば192ページ、
1パーセクは、光が1年かかって到達する距離を表し、およそ3.26光年です。つまり、光が3年ちょっとかかって届く距離が、1パーセクです。
などというのはさすがに校正ちゃんとやってたら気づくでしょうに。

 インフレーション理論と残される偽真空の泡とワームホール、なんて話には結構わくわくさせてもらったので良しとしますかね……。

12月5日
 なんだかよくわからないストーカー。

 30歳なのになぜか大学生を騙るのもわからないし、こんな男にも昔は彼女がいたというのもわからない。ポルノ雑誌は「自分は庶民的な人物と訴えるため」ってのは何ですか? というのが一番の謎だ。

 考えてみた。恐らくこうではなかろうか。彼は、自分の恋心が詩的で神聖な感情であるように感じており、それがいささか常軌を逸していることに薄々気づいていた。しかし、常軌を逸した感情をそのまま相手にぶつければ良くない結果を招くだろう、ということは彼にも何となく察知された。
 そこでポルノ雑誌ですよ。自分は、天上の声に踊らされて奇妙愛を実践するような人間ではない。世俗のポルノ雑誌にも有用性を認めるような、ごく普通の人間であり、この恋心も決して常軌を逸したものではなく、日常普遍に世の中に溢れている恋愛と何ら変わりないものである。ただ、少し運命的で素敵な出会いだっただけで。


 どうかなあ。解釈としてはあながち間違ってはいない、ような気がするのだけれど。しかし、ポルノ雑誌ってどういう系統のやつだったんだろうか。庶民的、ねえ……。

12月6日
 SF大賞きまりましたな。ふうむ。力作でしたし、あの緊張感あふれる内容は滅多に味わえない領域に達してましたから、あり得ない結果ではないなと。個人的には『忘却の〜』が獲るのかなあ、と思ってましたが、ぐちゃぐちゃずるずるしすぎてたんですかねえ。

 しかし、少し苦言を呈したいことがある。たとえば『イリヤの空、UFOの夏』なんかが候補にすら挙がらないような状況というのは、少し問題があるのではないか。ジャンルのすそ野が広がって、すべてを評価できるような人材がほとんどいないのだろうということは理解できます。それにしても、評価されてしかるべき作品が、選考委員には恐らく存在すら知られないままで終わってしまう、というような有様はどうなんでしょうか。大賞選考、特に候補作の選定に関して、抜本的改革が必要とされる時代が来ているのではないか、と考えたくもなります。実際どのような基準で選ばれているのかは知りませんけどね。

12月7日
 福岡国際マラソンを見ていた。放送局側の予定するレースの構図というのははっきりしていて、それはチャンピオン高岡に挑む尾方、あとついでに小島、という感じだった。マラソンというのは(高速レース化した最近は事情が変わりつつあるけれど)人生に例えられるほどに物語的な側面があって、そうでなくても衆目を引くためのネタが欲しいテレビ局が、事前に筋書きを大書してしまうのも当然なのだろう。
 尾方選手の夫人はテレビ映えのする方だったのもあろう、応援に来ている姿をわざわざリポーターの解説つきで撮られていた。

 レースの結果は、国近選手が勝利し、諏訪、高岡という順位。放送局側の筋書きはサッパリ思い通りにならず、尾方夫人に至っては撮され損といった感すらあった。

 何が言いたいかって、まあ、世の中ままならないですね、と。


 でも、番組中に張り巡らせた伏線は全部とっちらかったまま取り残されていたけれど、誰かが勝って誰かが負ける、はっきりしっかり明確な結末はそれなりに盛り上がるものなのだった。

12月8日
 明日はとりあえず前哨戦です。

・・・
 歌の人のGP(業界人を気取るためには、ゲネプロじゃなくてげーぺーと読みます)につき合ってきた。歌の人は大抵むやみに明るいので好き。話をしていると、生きることって根本的なところではそれほど難しくない、というような気がしてくる。

・・・
 ヒトという種は、本来ここまで巨大な社会に生きるのに適した能力を充分持っていないんじゃないか、とふと思った。世界を認識する能力、という意味で。ヒトは世界を「物語化」して捉えていると思う。で、自分の物語に組み込めるヒトの数なんて、たかがしれてる。ムラ、と呼べる程度の単位で生活してるうちはそれで大丈夫だったんだろう。でも今は。

 自分の物語内から排斥することで、他人は思いやるべき他人からただの外部環境へと転換される。そうすると、いくら殺しても全然心も痛まない。あるいは、ひとりひとりを捉えることができないから、集団としてカテゴライズした上でその集団を「敵」として自分の物語に組み込む。すると、むしろどんどん殺さないといけなくなる。

 想像力ってものが大切なのではないかなあ。自分を相手の立場に代入してシミュレーションする能力、これが救いになるべきなのではないかなあ。

 自分の信じる物語だけが唯一絶対になってがちがちになってる人たちには、そんなこと言ったって効果もなにもないのだろうけど。


 自爆テロ。遊んでる子どもを機銃掃射。太平洋戦争の開戦記念日に、イラク・中東情勢を見ながら無意味に考えてみたこと。

12月9日
 うぉおおおお、ベストを尽くせえええ!!!!

・・・
 前哨戦はぼこぼこにされました。
 その影響もあってだろう、一時激鬱状態に。マーラーの9番なんか聴いたのがさらに悪かったですかね。死の予感に満ちてますから、あの曲(曲の終わりの指示、"ersterben" は「消え去る」という意味ですが、「死に絶える」という意味もある、それを作曲者が意識してないわけはない)。そういえば、高校の卒業文集に「マーラーの9番のあの完璧なまでに絶望的な旋律を聴いていると、自分の悩みがいかにちっぽけなものかわかる」とか書いた同級生がいたなあ、と思い出した。うへえ。

 鬱はもそもそごはん詰め込んで寝てたらなおりましたが。ああ、でもあんな状態が何日も続いたりしたらそりゃ薬飲まないと生きていけませんわな……。

 あしたはなんとかします。してみせます。

12月10日
 失敗ばかりの本番でも、少なくともふたりくらいには、思いが届いたらしい。何か、切実に伝えたいことが確かに伝わるっていうことの奇跡的な喜びがあるから、演奏行為を続けていられる。
 今日あじわったその喜びについては、これ以上言語化したくないなあ。言語化するのが勿体ないくらいのうれしさなので。

・・・
 言語化というのは思考を結晶化させることで、その際にたくさんのものが欠落する。欠落させることが救いになることもあって、たとえば自らの不幸について言語化してしまうことは、かなりの救いだ。一番辛い部分は必ず結晶化されずに蒸発するから。
 ちなみに、言語化しようがない不幸というのは、救いようがない。そして、確かに実在する。と、誰かが夏目漱石論の中で述べていた。
 言語化しようがないものを言語化しようとするとき、そこには誰も見たことのない複雑な結晶が生まれる。それが小説というもののひとつのあり方なんでしょう。

・・・
 おつかれさまでした。実は私も下顎の親しらずは両方そうやって破壊したので、どれほど大変かは良くわかります。とても人体に用いるとは思えないノミと金槌で歯が叩き割られるときの、頭蓋の中に直接響き渡る工事音。あのコォン、コォンという音を聞きながら「ああ、人間というのは物体でもあるのだなあ」という実感を抱いたことは忘れることができません。
 ちなみに、私は1本目を破壊した日の夕食を食ってるときに唐突に失神して両親をあわてさせました。一人暮らしだったらどうなってたんだろうか。

12月11日
 小川一水『導きの星』(1〜4)読了。主人公、齢19の辻本司と、3体の「目的人格(パーパソイド)」――AIですな。それも美少女型アンドロイドの――が、齧歯類っぽいヒューマノイドの文明を育成するお話。この世界では、人類は銀河の太陽系近傍で最も早く宇宙に進出した種族で、他の星系の知的生命の導き手となっているのです。司の担当惑星オセアノの発展を軸にしながら、司本人に関する謎と銀河全体に関する大きな謎を絡めて、最終巻はなかなかに盛り上がります。

 ともかく、とても楽しめました。未来はより良いものになるはずだ、という確信に貫かれた前向きなSFで。こういうものを読んでるときって、やっぱりSFってのはこうでなきゃ、などと思うのですよ。作中で地球人類は、子孫を残して発展をするという生命としての前向きさを失ったものとして描かれていますが、その描写は「こんなんじゃいけない!」と読み手に思わすに充分な説得力を持って迫ります。

 しかし……最後の方、飛ばしてるよなあ。全体のまとまりとしてはこのくらいが良かったんでしょうか。宇宙進出から先、もっと腰をすえて書いてくれた方が嬉しかったような気がしますけど。

 まあ、なんでもいいんだ。小川一水マンセー!
 ……ほんと、『アマリアロード・ストーリー』書いてた人と同一人物とは思えない。今や日本のSF界を担って立つ存在だ!

12月12日
 エアギターを弾く若者の話だとかというんでちょっとは路線が違うのかしらんと思っていたが、立ち読みしてきた滝本竜彦『ぼくのエア』はどこまでもどこまでも滝本竜彦だった。しかし、今回はヒロインが幻覚少女ということもあってさっぱり先が読めない、楽しみ。

 ついでに、驚異的な奇想の世界、とかいう話をきいたので某ホラー小説大賞受賞作品も読んでみたんだけれど(表題作のみ)、……。あの程度でホラー大賞にああいうものを出そうと考えたことが勝因なのだろうか。やったもん勝ちなわけですね。

・・・
 しあわせってなんですか? ねこがぼくのひざでねむっていること。

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 明日明後日とちょっと出かけますので、ここもさぼります。

12月15日
 星きれいでした。折しも双子座流星群で、流れ星もふたつみっつ。

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 上田早夕里『火星ダーク・バラード』読了。小松左京賞のやつ。パラテラフォーミングという形で植民が進んだ火星を舞台に、同僚殺しの濡れ衣を着せられた"PD"(警官)水島烈が、「超共感性」という能力を持った少女アデリーン――彼女は、その同僚の死に関する情報を握っているらしかった――とともに真実を追う話。
 読んでいる間は、それなりに楽しめました。しかし、主題の取り方、文章、世界の描き方、人物造形、心情描写、展開、すべての点において物足りない気が。って悪く書きすぎですか……。人間にとってのより良い未来とは何か、というような大きな問題に踏み込もうという心意気は買います。そこここに、女性ならではの優しい目線や包容力(とか言うと今の世の中マズイんでしょうか)が出ていて、信じる物のために闘う水島の姿にはすがすがしいものを感じました。

 あ、マリネリス峡谷がすっぽり天蓋で覆われて、パヴォニス山には軌道エレベーター、その麓やっぱり天蓋つき都市、都市同士はチューブ鉄道で連結されてるそうです。火星ファンなら、火星のありうる景観のひとつとして必ず観賞しておきましょう。


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