森見登美彦『四畳半神話大系』読了。「大学三回生の春までの二年間を思い返してみて、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう」――異性との健全な交際どころか異性から孤立し、学問への精進どころか学問を放棄し、肉体の鍛錬どころか肉体の衰弱化を完遂したしょーもない京大生が、ぬらりひょん顔で最悪に性質の悪い親友や、たいへん知的で蛾が嫌いな黒髪の乙女や、酔って人の顔をなめる歯科衛生技師や、謎の「師匠」なんかとともに、しょーもない運命を生きるしょーもない小説。
生真面目なギャグにくすりくすりと笑いながら読み進めば、けして真剣になったりしない――あるいは真剣になったようなそぶりは見せない――主人公あるいは作者のスタンスも相まって、人生とか世界とかそういう大げさなものが大げさでなくなって、不思議と厭わしくも愛しいものに思えてくる。
主人公の人生たるや、明石さんに「また阿呆なものを作りましたねえ」と一言の下に切り捨てられるへっぽこ映画程度の人生なのだけど、それでもここまでしょーもなくはないにしても、たいていの人間はしょーもない日常を生きているわけで、それならば明石さんが阿呆なものと言いつつも笑って見てくれるんならそれでいいんじゃないか。ちなみに明石さんてのが蛾が嫌いな黒髪の乙女ですよ。
この作品の構造はしかし、ある意味ものすごく悲惨な命題を含んでいる気もするのだった。あるいは見ようによってはかなりほくほく幸せな命題のような気もする。まあ、どっちだって良い。とりあえず、人生を腐れ縁の悪友のように慈しんでみられるのなら。
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