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もりげのどうかと思うような日記

過去の日記
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2004年12月23日(木) 小旅行というほどでもないですが

私が大人物であることについて

「5000円札は入らないんですよ」

「えっ」

虎の子の五千円であった。初めて手にした、樋口一葉さんであった。

怨恨による殺人を決意したまなざしにしか見えない、と大人気のご尊顔も、まだじっくりとは拝見していなかった。そんな新札をくずしてしまって後悔せぬか、ということについて私はたっぷりと悩んだ。

一万円札も手元にあることはあった。しかし、それをくずして支払うとなると、五千円札がもう1枚増え、さらに千円札が4枚も返ってくる計算になる。小金持ちになった気分で一瞬嬉しいかもしれないが、そんな刹那の喜びのためだけにびらびらと札が財布の中にたまるのはあまり好かない。

そうして苦渋の決断をした上で、私はバスの両替機に泣く泣く樋口一葉を差し込んだのだ。

「1000円しか入らないんですよ」

「あ」

確かに、その差込口には「1000円」としか書かれていない。バスなんて滅多に乗らないので失念していた。そういうものなのだった。

「小銭、ないんですか?」

「はい」

「まったく、ないんですか?」

「あの、いちえんだまが2枚あるだけです」

運転手は途方にくれた顔でぼりぼりと頭をかいた。冗談じゃない。途方に暮れているのはこっちだ。今までこの五千円をくずすかどうかで悩み苦しんだ時間を返してくれ。

「帰りにまたこの路線を使うとかないですか?」

「今が、帰りなんですけど」

運転手は今度は顔をなぜて、ため息をついた。

「じゃあ、いいです。今度うちの会社使うときに払ってくれれば」

私は激昂した。彼は、そう言いつつ無賃乗車の誘惑で私を篭絡しようとしているのだ! 私はバスの運賃が浮いたといって喜ぶような小さな人間では断じてないぞ! 私はそんなちまちましたことに心を動かされたりはしないのだぞ!

「ぼくは地元でもないんで、もう乗らないと思うんですけど」

「……うーん」

ここは終点の停留所だ。なら。

「あの、お時間があるのなら両替して参りますが」

そう提案すると、運転手も賛成した。

両替と言っても、何かモノを買うしかないだろう。別に飲料も欲しくないし、そもそも周りには伊勢丹があるばかりでコンビニなど見つからない。伊勢丹という響きは私を萎縮させる。伊勢丹なぞで買い物をしたら、樋口一葉は無残に消えて、バスの運賃くらいのお釣りがようやく残るだけのような気がしてならない。なんということだろう。

このままずらかってしまえば無駄な買い物などせずにすむ、ともうひとりの自分が囁く。いやしかし、それでは男の約束をたがえることになる。

こんなことならはじめから無賃乗車の誘惑に篭絡されていれば良かったのだ……私は歩きながらまた悩み苦しんだ。

伊勢丹の裏に出ると、パチンコ屋がぱっぱらぱーな音楽を撒き散らしている光景に遭遇した。これは良い。こっそり両替機を使わせてもらえばよいのだ。店内で、機械に樋口一葉が飲み込まれていくのを見て、一瞬、やはり一万円の方にしておくべきだったか、という後悔に胸がちくりと痛んだ。

私は手にした千円札を持って意気揚々と引き返した。見よ。あのバスだ。扉をあけて、運転手がこちらを眺め、私が帰ってくるかどうか心配しながら待っている。

われながら、自分の主人公っぽさに惚れ惚れした。リストの交響詩「レ・プレリュード」のクライマックスのトゥッティなんかが聞こえてきそうなシーンだった。

「ふはははは。もう時間だな。やはり奴は帰ってこなかった」

「そんなことはない。メロスは、メロスはきっとやってくる」

走れ。さあ、栄光に向けて。私こそ、この世界で主人公たれる大人物ぞ。駆け寄る私と、運転手の笑顔とが、露光オーバー気味のカメラで捉えられる。

「あの、この千円で……」

この感動の科白! 私こそが今、この偉大な物語の主人公であった。

アラビア語圏から

検索で来た人がいたのだけれど(コメント欄に投稿されてたエロサイトURL集で引っかけていた)、こういう表示ははじめて見ました。検索画面はやっぱり右側そろえで表示されるのですなあ。

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