「ちくしょう、このファッキンなボロコートめ!」
急いで車道を渡り終え、もりげはこの1週間で何度目になるかわからないうめき声をあげた。なにしろ、コートのあちらこちらのボタンが、次々に取れて落ちていくのだ。そのたびに気づいて拾っているので繕うことは可能だが、それにしたってこのボタンの取れ方は異常だった。こいつを着ていたなら、ヘンゼルとグレーテルもきっと迷わなかった。道に点々と落ちているボタンを追いかけてゆけば良いのだから。
そんなわけで、今も、道を渡っている最中に右ポケットのカバーを留めていたボタンが落ちてしまったのであった。もりげは直ちに取りに引き返そうとしたが、間が悪いことにちょうど車が一台接近してくる。無理に拾いに動けば細切れの肉片となって道路に散らばることになりかねぬ。やり過ごす以外なかった。もりげは溜め息をつき、車の通過を待った。
あっというまに近づき、そして目の前を横切る車。パキッ、という乾いた音と共に。
「あっ」
ドライバーは、ものすごい視力でもって道に落ちたボタンを認識し、しかも確実にその上を通過するようタイヤを操ったのだ。ボタンはひとたまりもなく、数多の欠片となって道路に散らばった。
哄笑を上げて走り去るその背に向かってもりげはもう一度
「ファッキン!」
と叫び、一番大きな欠片を拾い上げると、涙をひとつぶ零してから、その場を立ち去った。
2週間ばかり留守にいたします。もしかしたらネットカフェからでも更新するかもしれませんが、できないかもしれません……。
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