短い中にも駆け引きのある激しい戦いだった。そして、勝ったのは残念なことに、ぼくの応援してた方じゃなかった。
それはこんなふうに始まった。
駅のホームに鳴り響く発車ベル。
「駆け込み乗車わあぁ、危険ですからあぁ、おやめくださぁい」
駆け込んでくる奴らの耳にはそのことばは届かない。あるいは届いてはいるが理解できないのか。
ガコッ。すでにほとんど閉まったドアの隙間から、たちの悪い新聞勧誘員みたいに男が足を突っ込む。さらに、両手を差し入れてこじ開けようとし始めた。両耳にピアスをして首にチェーンを巻いた男で、頭の弱そうな女を連れている。女は後ろでへらへら笑いながら
「えー、それ無理だってー」
と何が嬉しいんだかわからないが黄色い声をあげている。
車掌は一瞬、男の足と手をはさんだままで発車させたいと思った。思ったはずだ。しかし残念なことに、安全装置はそんなことを許してくれない。
だから、車掌はドアを開けた。ピアス男はすばやく乗り込み、勝利の笑みを浮かべた。しかし、車掌は降伏したわけではなかった。男が乗り込んだ直後、女が乗り込むことを許さぬという気迫をこめた勢いでドアを閉めたのだ。ぼくは快哉を叫びそうになった。
しかし……車掌の作戦は、とっさに男が今度は外側に向けて突き出した右腕によって阻まれた。時が止まったような数瞬、女の「無理だってー、無理だってー」の声だけが繰り返され、ドアはついにあきらめたように再び開かれた。女は「無理だってー」とまだ言いながら悠々と乗り込んできて、攻防は終わった。
車掌は潔い性質の人間で、その後の車内アナウンスでは穏やかに次の到着駅を告げただけだった。「ドアが閉まりかけてからのご乗車はおやめください!」と苛立ちを隠せずに大声でアナウンスを入れるような、情けない真似はしなかった。
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