飛浩隆『象られた力』読了。10年の沈黙を経て伝説になりかけ、近年しっかり復帰された氏の中篇4つをおさめた作品集。殺されなければならなかった天才ピアニストの戦慄すべき秘密を、ヴォルフのリートにのせて浮き彫りにしてゆく「デュオ」。稠密な銀河即時通信ネットワークが宇宙の性質を変えてしまった世界での、謎をはらんだ逃避行をつづった「呪界のほとり」。自動機械によってテラフォーミングされた惑星の沼に「はえてくる」少女と、惑星に秘められた不思議な歴史を幻想的に描いた「夜と泥の」。そして、惑星百合洋(ユリウミ)で発達した「図形言語」がもたらす新たな世界認識と、それによって起こる大災厄を描く表題作。
中でもメインディッシュの表題作は未読だったので、こうして手にできるということが喜びです。
世界がバラバラになり、めくれ上がり、とろける。見えていた現実の裏側から、知らなかった論理があふれだす。あくまで理知的に世界の秘密を描くのに、そこには詩的な美しさが伴う。
世界がこうして存在する不思議が、五感に迫ります。
ディックのように偏執的な妄想ではなく、イーガンのように行過ぎた論理性でもない。ことばのきらめきがそのまま宇宙の論理と結びついたような味わいは、ほかでは決して得られません。冷酷な物理宇宙に、それでも夢を託したい人に。
mail:gerimo@hotmail.com