これは、ひとりの少女と私の出会いの物語である。
本屋のガラス張りの入り口のちょうど真ん中、頭上50センチほどのところに、足を広げれば3〜4センチはあろうかというオニグモがぶらさがって蠢いているのを見た。客は割と気づかずに往来している様子だった。都会人は予期せぬ情報を無駄として排除しがちなのだ、きっと。私も気づかないふりをして店へ入った。
その本屋では探していた「表紙が小学生だけの小説」はあいにく見つからず、さっさとほかを当たることに決めたのだが、出ようとするとオニグモはなんだかさっきより糸を伸ばしていて、もう目の高さくらいまで下りてきているのだった。それはもう、本当に扉のぴったりド真ん中なのであった。
さすがに目の前にあれだけのものがぶらさがっていれば、普通の人は気づく。ファッション誌を買いにきた虫の苦手な女性なんかは、きっと回れ右して帰る。それはまずいんじゃないのか。書店員は気づいているようだったが、何かの行動に出るわけでもない。いや、むしろ気づくだけでなく怖気づいているのかもしれない。
オニグモはそこで巣をはろうとしはじめているようだったが、それはクモ本人にとってもよい選択ではない。店が閉まって戸口にシャッターが下りれば、彼女が苦労して作った円網は間違いなく破壊されるだろう。尻に糸して作った網が、だ。それはあまりにむごい未来。私はクモという生き物にはそれなりに好感を抱いている。
書店のため、クモのため。私は糸をひっつかんだ。クモは驚き、あわてて地上へ降り立つ。そこは人の行き来が激しく、無数の自転車が停められた場所。クモの柔らかな身体と比べればまがまがしくも見えるごつごつしたゴムのタイヤ、タイヤ、タイヤ。
いけない。危険な場所に追いやったのが自分である以上、そこから連れ出すのも自分の役目だと思った。地上を走るクモを追いかける。自転車の陰に隠れたのを見つけ出す。手のひらにのぼらせて、両手で閉じ込める――
「なにしてるの?」
「ん? あ、」
話しかけられた拍子にクモは逃げる。
「うわ!」
それを見て相手はびくりと身をすくませる。パステルカラーのスカート。ファスナーのついた小さな靴。柔らかそうな髪の毛はボンボンつきの髪ゴムで留めている。まごうかたなき、小学生の女の子だ。
「そこにぶら下がってたクモをね、つかまえようと」
今度はちゃんと捕まえた。
「わぁわぁ、クモ、すごいねえ!」
「はは」
「あのね、さっきお母さんも見つけたんだけど、それ?」
「たぶんそうだろうね」
「おにいさんすごいねー!! クモつかまえてすごいねー!」
「すごいだろ」
「それどうするの? ペットにするの?」
「しないよ。そこらに逃がしてやろうと思って」
「あ、おかあさーん。このおにいさんがクモ逃がしてあげるって――」
そんな声を聞きながら近くの植え込みに行って放り投げてやった。いまどき自分から知らないお兄さんに声かけるなんて、きっと幸せな家庭に育った子なのだ。バイバイくらいは言ってやりたかった。
けれど、そのまま声をかけずに立ち去る。だって私はその本屋に、「表紙が小学生だけの小説」などという超うしろめたい物を探しに来ていた不審人物なのだから。
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